大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1255号 判決

控訴人

坪田髙

被控訴人

株式会社大韓航空

右代表者代表取締役

趙重建

日本における代表者

廉時宗

右訴訟代理人弁護士

井上進

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇万円、及びこれに対する平成九年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求(当審で拡張された分を含む。)を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、第二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

五  本判決主文第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一  控訴の趣旨(当審において拡張された分を含む。)

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成九年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人に対し、読売新聞大阪版に、原判決別紙謝罪文及び掲載方法目録一記載の謝罪文を同目録二記載の方法で掲載せよ。

四  仮執行宣言

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、一のとおり訂正し、二のとおり当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決事実摘示中の「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一1  原判決四頁九行目及び八頁二行目の「二八日」をそれぞれ「二五日」に改める。

2  原判決八頁一〇行目から九頁二行目までを次のように改める。

「請求原因1ないし4及び6の事実は認める。同7ないし9の事実は知らない。同5、10の事実は否認し、同11は争う。」

二  当審における控訴人の主張

1  被控訴人提出の国際運送約款(乙二)の6条bには、「経路変更のために……他の運送人又は他の運送機関に運送を依頼する」と記載されているところ、被控訴人は、他の運送機関に控訴人の運送を依頼する義務を尽くしていない。すなわち、控訴人が他の日本人団体旅行客と異なり一人旅の老人であることは被控訴人に判っていた筈であるから、ソウル到着時に被控訴人の職員がその不便に気付いて、ソウルから釜山までのセマウル号(列車)のチケットを購入し、ホテルまで迎えに来た韓進観光職員に言い伝えて、日本語の手紙で発車時刻と乗車するセマウル号の車輌番号、座席番号を控訴人に知らせ、ホテルの近くにあるソウル駅前で下車させ、控訴人の釜山到着後被控訴人の支店職員に迎えをさせて、タクシーに乗せることにより、控訴人は簡単に目的地に着けたのである。

しかし、被控訴人は、ソウル空港にも、バスにも、日本語のできる職員を配置せず、このため、控訴人の意図するところを理解せず、右の規約上の義務を履行しなかった。

2  被控訴人の右運送約款の不履行により、控訴人は、ソウル空港から釜山までの移動には、韓国語を全く理解できず、日本語の通じる相手もなかったため、死ぬほどの思いを余儀なくされた。

3  日本を基地として運送業を営んでいる被控訴人が、たまたま日本語の話せる職員がいなかったということで免責されるものではない。もし、そうであるからば、今後韓国語の話せない控訴人らに対しては、搭乗を断るよう勧告すべきである。

理由

一  請求原因1ないし4のとおり、控訴人は国際航空運送業を目的とする被控訴人と契約し、平成九年六月二五日関西国際空港より大韓民国釜山行き航空便に乗機したが、これは、強風のため釜山に着陸できず、ソウル金浦国際空港に着陸したことは、当事者間に争いがない。

二  当裁判所も、本件航空機の出発からソウル金浦国際空港到着までの間に生じたとする損害にかかる慰謝料請求は、理由がないと判断する。その理由は原判決一四頁一行目から二〇頁四行目までのとおりであるから、これを引用する。

三1  成立に争いのない甲第一、第四ないし第六号証、弁論の全趣旨とこれにより真正に成立したことの認められる甲第八号証によれば、以下の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(一)  控訴人は、当時七〇歳の男性で、狭心症及び糖尿病の持病があり、心臓発作抑制剤としてニトログリセリンを持ち歩き、また左膝を痛めていて歩行に不自由があった。

(二)  控訴人は、韓国慶南昌寧郡都泉面松津里に住む友人の宋大阪を訪ねるため、日本国内で航空券を購入して本件航空便を利用したもので、本件航空便が予定どおり釜山空港に着けば、空港まで宋大阪が迎えに来る予定であった。

(三)  本件航空便の機内では、食事の配膳後全く日本語が用いられなかったため、控訴人は、本件航空便がソウル空港に着陸したことを入管検査時に初めて知った。控訴人は、他の韓国人乗客の後に付いて手荷物の受け取りをしたが、右手荷物の受取りには相当の時間を要したほか、控訴人のルイヴィトン製のバッグは把手が破れ、一部の荷物がはみ出していた。

(四)  控訴人は、その後通関手続きをし、被控訴人のカウンターで航空券への記入等の手続きをし、被控訴人の職員二名の引率で十数名の韓国人乗客の後に付いてバスに乗り、ソウル市内のホテルに送られたが、この間被控訴人の職員から事情の説明が日本語でされることはなく、何人かの被控訴人職員に日本語で話しかけても全く通じなかった。

(五)  翌朝モーニングコールで起こされた控訴人は、後に判明した韓進観光の職員と昨夜ホテルに宿泊した韓国人乗客との韓国語のやり取りを聞いていたところ、誰かが「被控訴人は今朝から関係なし」と話すのを聞いた。しかし、右職員から日本語での説明は一切なく、朝食後他の韓国人乗客の後に付いてバスに乗り、ソウル空港に行った。同空港では台風のため、飛行機の離着陸がなかったので、再びバスに乗せられ、韓進観光職員のソウルステーションとの言葉を聞いて、何人かの後に付いて急遽バスから下車した。控訴人は、駅の所在がわからず、何人もの通行人に駅の所在を尋ねた末ようやくソウル駅に到着した。

(六)  控訴人が駅の階段の昇りに苦労し、行く末への不安から商店の壁にもたれていると、赤帽が、片言の日本語で声を掛けてくれたので、控訴人は、赤帽に対し、飛行機の欠航と列車のチケットが欲しい旨を日本語で伝えた。赤帽はチケット売り場の奥に声を掛け、二万円を要求したのでこれを支払うと、セマウル号の釜山までの切符を渡してくれ、足が悪いことを告げると荷物用のエレベーターで控訴人をホームまで下ろして、同所で待つよう指示した。控訴人はサービス料として一万円を要求され、これを支払った。

(七)  控訴人は、午後二時発のセマウル号に乗車し、午後六時頃釜山駅に着いた。控訴人は階段の昇降に苦労したのち、タクシー乗り場に赴き、何台ものタクシーに日本語が判るかを聞いて回ったところ、日本語で返事をしたタクシーがあったので、宋大阪が日本を訪れた際に置いていった名刺を頼りにホテル金蘭に行き、五〇〇〇円のタクシー料金を支払った。

(八)  同ホテルの主人は日本語を話し、控訴人の世話をしてくれたため、控訴人はようやく安心できたが、釜山市内の友人との連絡がなかなかとれず、また、二八日夕刻に宋大阪と連絡が取れたものの、同人の住まいは釜山から遠方であったので訪問を断念し、その後帰国まで同ホテルで養生した。

控訴人は、七月二日ホテルの主人に空港まで車で送ってもらい、予約をしてもらった日本航空の便を利用して帰国した。

2  成立に争いのない乙第一、第二号証によれば、被控訴人が旅客の到着地又は途中降機地へ寄航しなかった場合、国際運送約款第八条に基づき乗客を強制降機させた場合には、被控訴人は、次のいずれかの措置を講ずる旨の規定がある。

a  座席を確保できる、会社の他の航空便で旅客を運送する。

b  経路変更のために、航空券の未使用部分に裏書きし、他の運送人又は他の運送機関に運送を依頼する。

c  旅客の経路を変更して、航空券又はその適用用片に記載されている到着地又は途中降機地まで、会社の運送手段又は他の運送機関により運送する。

d  第一一条D項に従って、払い戻しを行う。

前記1の認定事実によれば、被控訴人は、六月二五日ソウル市内のホテルに宿泊させた旅客について、右cに従って翌二六日ソウル空港から釜山空港まで自社の飛行機を用いて運送する予定であったが、同日も飛行機の発着ができなかったため、右bに基づき、他の運送人又は他の運送機関に運送を依頼する方法をとり、その事務を韓進観光に委嘱したものと解される。

ところで、右b又はcの措置を講ずべき義務には、その前提として、乗客に事態の説明をして他の利用可能な代替的交通手段を告知すべき説明義務及びその利用の便宜のため、右代替的交通手段の利用可能な場所までの案内義務を伴うものと解すべきである。

本件につき、被控訴人が右の義務を尽くしたか否かを検討すると、被控訴人は、控訴人に対し、他の代替的交通手段の利用料金さえ支払っていないことは当事者間に争いがなく、この事実と前記1の認定事実によれば、ソウル空港着陸前から、ソウル駅付近での控訴人の下車までの間、被控訴人又はその委嘱を受けた韓進観光の職員が控訴人に対し、理解可能な言語でもって事態の説明をし、他の代替的交通手段を告知し、その利用可能な場所までの案内を行う義務を尽くしたとの事実は認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

被控訴人は、たまたま日本語を話せる職員及び韓進観光職員がいなかったことが本件の不幸な結果を導いた旨主張し、控訴人が韓国語を理解せずに単身旅行したことも右義務の不履行の一因となっている部分があることも事実である。

しかしながら、被控訴人の運行した航空機は日本国より大韓民国に直行するものであり、このような便には日本語しか解さない乗客が多数居るであろうことは当然に予測されるところであり、被控訴人は、そのような乗客と契約をしているものである。

そうすると、このような乗客に対する前記のような異常事態における説明、案内などは日本語をも用いるなど、日本語しか解しない者でも理解できる方法でなされなければならないというべきである。

前記1の認定事実によれば、被控訴人の職員又はその委嘱を受けた韓進観光職員は、韓国語を解すことのできる乗客に対しては、右の義務を履行していることが窺われ、控訴人も十数名の韓国人乗客と行動を共にすることによって、六月二五日のホテルの確保、翌二六日のソウル空港へのバス送迎及び再びソウル駅付近までのバス送迎を結果として受けているが、控訴人は訳が判らないまま行動を共にしていたに過ぎず、最後まで事態の説明を受けていないし、代替的交通手段の確保、告知がされず、このため控訴人が自ら苦労の末釜山まで辿り着いたこと前記認定のとおりである。

そして、前記1の認定事実によれば、控訴人は、迎えのいない目的外空港に降ろされ、釜山に着くまで韓国語を理解しないことにより、精神的にも肉体的にも極度に消耗し、これによる苦痛を余儀なくされたことが認められる。

本件に現れた一切の事情を考慮すると、前記セマウル号の切符の取得費用、タクシー料金等の出捐二万五〇〇〇円のほか、右苦痛を慰謝するため七万五〇〇〇円の慰謝料を認めるのが相当である。

なお、ボストンバッグの損傷の損害についての立証はない。

この慰謝料請求は、請求により初めて遅滞に陥ると解されるから、その遅延損害金の起算日は、本訴状の送達の翌日である平成九年一〇月七日とすべきである。

四  控訴人の謝罪広告掲載請求は失当である。その理由は原判決二二頁七行目から二三頁三行目に判示のとおりである。

五  結語

よって、右判断と異なる原判決を本判決の主文第二、第三項のとおり変更することとし、控訴人のその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官前坂光雄 裁判官三代川俊一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例